ジェニーハイ「ジェニーハイ」のこと

ジェニーハイ / ジェニーハイ (Mini Album)

友達になりたいかと言われればちょっと微妙な気持ちにはなりますが、それでも絵音くんを天才と称することにはいささかの迷いもないわけで。
元々のIndigo la endとゲスの極み乙女。と、それぞれの方向性からは「違うバンドを並行してやる」ことの意味がアホみたいに伝わってきますし、さらに休日課長のユニットDADA RAYの楽曲制作についてもまた異なる方向性を打ち出して。

そしてCDデビューとしては4つ目になるこのジェニーハイですが、これに限ってはあんまり他との音楽的な部分の差別化という側面は正直感じられなくて。正味、M-4は全編絵音くんがヴォーカルを取っていて非常にゲスっぽいし、M-5はほぼ完全打ち込みでメンバー持ち回りで自己紹介のラップっぽいことやってるだけだし。リリックはいろいろ盛ってますが。

このバンドは番組の企画から始まったものということを置いても、このメンバーでやるということに最強の意味があるのかなと思うわけです。敢えてかつて自分同様にスキャンダルの渦中にいた「友」を連れてくること、そして彼が全くポップスの素養のない、でも優れたピアニストであることも含めて。
実際、音楽としての差別化ポイントはガッキーのピアノで、どうにも楽曲全体のアレンジに馴染み切らない、でもあからさまに外れてもいかない絶妙な位置取り。瞬間瞬間を切り取れば、全盛期のジュディマリにおけるTAKUYAのギターのような異物感も感じて。
こういうのを世に出せたという点のみでも、この試みは成功していると思います。

しかし本当に、ああいうスキャンダルで新たなファンの獲得が抑制されてしまったことは残念でならない。彼、そして特にゲスのような、ただ曲を書いて演奏するだけでポップスの王道とオルタナティブを兼ねた絶妙なところに落っこちるなんてバンド、そういないわけで、そういう存在がアリーナ・スタジアムクラスでライブできるようになっていれば、もう少し日本のバンド界も違う方向に変わったのかもと思うのです。

でも、絵音くんの普段の聞こえてくる言動で判断する限り、そういう形の上昇志向はあんまりないようなので、ゲスとそれ以外の活動とのバランスがいびつになったり、メンバー以外でバンドで飯を食う人の数が肥大化してコントロールが困難になる前に勢いが落ち着いたのは、結果として彼にとってはよかったのかもしれません。あれ?