敢えて一度解禁したストリーミングから撤退すること

こういう判断もありか。

正直、ストリーミングというサービスは、メジャーからマイナーまでありとあらゆる音楽が同一線上に並ぶ形ではありますし、マイナーであってもうまくバズれば一気に認知を上げられるチャンスは、過去の既存メディア頼りの状況よりずっと高いとは思います。
ただ、実際にはCDというパッケージ以上に「知名度の有無」で再生数=収入に大きく差が出てしまうサービスでもあると思っています。

たとえばストリーミングに楽曲を解禁していない大物のうちの1組であるB'z、もちろんどの形態でどれだけの割合の金額を受け取っているのかわかりませんから断言はできませんが、「ultra soul」等の超有名曲の場合、前回のベスト盤のリリースから6年経った今、収録されたCDの新品がどれだけ新たに売れているのかということを想像すれば、恐らくストリーミングに出した方がずっと稼げるのではないかと思います。
「ふと聴きたくなるという人が多い」「プレイリストに乗りやすい」等々、「既に知られている」ことによって得られるゲインはとてつもなく大きいはずです。

The Beatlesの場合では、ダウンロード配信開始がiTunes開始から7年後の2010年。一方ストリーミングで解禁されたのは2015年。Spotifyのアメリカでのサービスインが2011年、Apple Musicは2013年ですから、ストリーミングのリリース判断はダウンロードと比較して格段に早いのですが、ほぼ持ち歌全曲が「既に知られている」彼らの場合、「新たなユーザーがパッケージやアルバムデータを購入する」ことに期待するよりも、ストリーミングならではの聴かれ方に乗る方がビジネスとして得られるところが大きいと早々に判断したと推測できます。

しかし逆にそこまでメジャーでない多くのミュージシャンは、自分たちができる範囲でどれだけプロモーションしたところで、ストリーミングであっても自分たちを元々知っている人以外にはなかなかリーチしにくく、再生数は大物の「既に知られている」曲が何となくストリーミングで聴かれるその総数の足元にも及ばなかったりするわけで。
ストリーミングの再生回数に応じた収益は当然CDの収益に比べたら微々たるものですし、だとしたらこういう判断もありなのではないかなあ、と。

前々から言っている通り、ストリーミング解禁しないということは、ストリーミング・サービスへの課金が音楽にかけるお金の全てという若いリスナーにとっては「存在しない」のと同じです。
もちろんそれは長期的にはミュージシャンにとって、新たなリスナーを獲得するという点において確実に大きなリスクになります。
が、お店と同じで現状の運転資金も厳しいというような状況下で長期的なことだけ考えていたってお腹が膨れるわけでもなく、今日明日の生活すらおぼつかなくなってしまう。
彼らだってニコニコ笑いながらこういう判断をしたわけではなく、相当に苦渋の決断であったことは文面からも伝わってきます。

とりあえず、自分の出している音が正しいと思い、これからも続けようというのであれば、何したっていいのです。カッコ悪くても這いつくばっても、ステージでしゃんと立って鳴らせばいいのです。
実際彼らのことは文字列としての認知しかなかったのですが、こちらは継続するというYouTubeで聴いてみたら、これ結構カッコいいじゃないか。こういうニュースでの出会いだって、あっていい。というか、もっとあれ。

バンド名・グループ名を付けること改名すること

昔から数多のバンドやグループが生まれています。音楽だけでなくお笑いのコンビ名もそうですが、その大半は己を表す名前を付けるわけです。しかしその中には「それってどうなの」と思わざるを得ないも名前もあります。
そう思うものの中でも特に「既存の固有名詞や登録商標をそのまま付けてしまう例」と「あまりにも一般的すぎる名詞をそのまま付けてしまう例」については非常に疑問に思ってしまうのです。


前者の例では2年ほど前、こんな悲しい出来事がありました。
ザ・プーチンズが改名

これは、その改名前のバンド名を付けてパブリックで活動しようと思った理由がそもそもわからない。よりによって世界でも有数の怖い人の名前ですよ。俺こんなバンド名付ける勇気ないよ。そして案の定こうなってしまったという。というか、変えてそれでOKになって今も活動できていること自体がラッキーでしかありません。
[Champagne]が[ALEXANDROS] に改名した事例、乙女フラペチーノがおとといフライデーに改名した事例はいずれも商標に引っかかったものでしたが、この場合命名時にそれが商標だと知らなかったものなので、仕方がないのかもしれません。
しかしこのような名前は、ある程度の層に認知された時点でほぼ確実にこういう事態に巻き込まれます。それは人名であれば先方の活動諸々にも影響を及ぼしかねませんし、商標であればその名前を使用してのビジネスになってしまうので当然です。なので、わかっていてこのような名前を付けて世に出ようということは「売れる」「人気者になる」という将来を全く想定していない、志の低い行動であると言ってしまっても過言ではないのです。

この事例で今も元々の名前のままメジャーで活動できているのはお笑いの「ザブングル」くらいしか思いつかないのですが、彼らの場合はメジャーになる前に本人かスタッフが手土産持って上井草に挨拶に行ったものと思われます。とか言って今の彼らは大変そうで残念です。


後者の例ではこういうことがありました。
つぼみが「つぼみ大革命」に改名、4thシングルにzopp参加を発表

これも改名やむを得ない。「つぼみ」としての活動開始は2010年と早いのですが、ここ数年活動が活発化してきたこともあり、そのために改名したものと思われます。が、これもそもそも何で結成時にこのグループ名でいいと思ったのかがわからない。
2010年といえばもうネットも当たり前。それで「つぼみ」で検索して、一般名詞としてのそれや永世名誉処女的な女優の方を差し置いて、上位に入ることができるとなぜ思えたのかわからない。
今の世の中、検索して出てこないというのは相当に致命的な事態だと思うわけです。この人たちのことを知りたいと思ってくれる世の人がいたとしても、その人たちにリーチしてもらえないということですから。
2017年にデビューした「eyes」というアイドルグループがこの5月に解散したのには、いろいろな理由があるでしょうが、もっとユニークな文字列のグループ名であったらもう少し何とかなっていたかもしれないと思ったり思わなかったり。

こういう名前の検索しやすさで断トツなのはやはりハロプロの各グループ名。およそ完璧なレベルでユニークな文字列。スターダストのグループ名も相当ですが、ハロプロ後追い型で意識してそうしているような気がするのです。
ハロプロはインターネットが広く普及する前からそうですし、もし検索とかネットとか気にしてそうしていたとするなら、初期のアルバムにある丸付き数字付きのタイトルは文字化け等もあり得るので付けることは避けるでしょうから、ハロプロのあのグループ名の数々きっと完全に天然なんですよ。すげえよなハロプロ。

あと、最初に「その大半は己を表す名前を付ける」と、全部付けると断言しなかったのは、声優になる前の平野綾が所属していたアイドルグループが結局CDデビュー後1か月間本当に「ユニット名未定」だったことがあるからです。

The Wedding Present@渋谷o-nestのライブのこと

The Wedding Presentは自分にとって特別なバンドなんです。自分がどんな音楽が好きかというところが確立されていく上で「Bizarro」と「Seamonsters」は相当重要なポジションにあったアルバムで。
ギターといえばカッティングだろうという偏った価値観とか、聴いた音楽を評価するにあたって「張り詰め感」がその軸に入ってきてしまうのははまさにその影響下で。

彼らの初来日は1993年、心斎橋クアトロに観に行って本当に張り詰め切った緊張感におののいたことを覚えています。
ただ、その時には「Bizarro」のハイライトであるところの「Take Me」は演奏されず、「生でTake Me聴きてえなあ」と思ったまま18年、2011年に「Bizarro」再現ライブで来日するよと言われてもうすごい勢いでチケット取って行って、結果もう感動しっぱなしだったのですが、今回また「Bizarro」再現ライブですよと言われて、またもう条件反射的にチケット取るわけですよ。「Take Me」は何度でも生で聴きたいじゃないですか。

確か2011年の再現ライブの時は、前半「Bizarro」以外の曲をやってから後半アルバム完全再現という流れだったのですが、今回は「Bizarro」楽曲の合間にちょいちょい別曲挟みながら進んでいく形。
正直こういう記念ライブですし、そもそも私も彼も随分なおっさんになっているので、初来日の時の張り詰めた空気は期待できないし、実際あれとはもう全く違う。
でもDavid Lewis Gedgeはやっぱり最高の高速カッティングおじさんであり、「Seamonsters」の「Niagara」とか「それ最高じゃないっすか」みたいな選曲ありつつ、やっぱり「Take Me」でもうわけわかんないくらいアガって「Be Honest」でチルって終わるわけです。

過去の音を愛でるのはほどほどにしておこうとは思っているのですが、でも現役でやり続けているバンドが日本までやってきて、当時の音源であっても今できる最強でそれを奏でてくれるのであれば、それはもう全力で受け止めるしかないじゃないですか。
そういう方針でもって、U2のチケットも確保したわけですよ。

自分が聴いたことのある中での「世界三大『張り詰め感』アルバム」は、The Wedding Presentの「Seamonsters」と、エコバニの「Heaven Up Here」とU2の「War」であり、今回来日するU2は「The Joshua Tree」推し公演になるわけですが、でもやっぱり「Sunday Bloody Sunday」を聴きたい。たぶんやらない。

玉光堂とエンターキングの運営企業がダメになったこと

何かイヤな感じのニュースが。

株式会社小樽管財(旧:株式会社玉光堂)
CD・DVDショップ「玉光堂」展開
特別清算開始命令受ける

何か運営企業の流れがものすごくわかりにくいですが、

  1. 2007年に玉光堂が(株)星光堂の傘下に入る
  2. 2018年3月に(株)星光堂が別会社(株)星光堂マーケティングを設立して玉光堂グループの運営業務を移管。
  3. そのまま星光堂マーケティングは星光堂を離れて(株)メディアリンクス傘下に移行。
  4. 2018年6月に(株)メディアリンクスは子会社の(株)玉光堂を設立して玉光堂グループの運営業務を継承。
  5. 2019年1月に(株)玉光堂が(株)小樽管財に商号を変更
  6. 2019年3月に(株)メディアリンクスが改めて(株)玉光堂を名乗る
  7. 2019年6月に(株)小樽管財が特別清算開始命令を受ける

だいたいこんな感じで、現在玉光堂を運営しているのは元(株)メディアリンクスの方の(株)玉光堂なので、今のところ営業はこれまで通り継続しております。
玉光堂の企業サイトがこの春いきなりBtoB企業っぽくなって何だこれはと思ったのですが、これ要するに元々BtoBがメイン業務だった(株)メディアリンクスが玉光堂業務を親会社に吸収してさらに商号を「玉光堂」に変更したためにこうなったということですね。
それでも、本当に経営が順調であればこんなすごい勢いで運営企業を転がすはずもなく、正味「相当ヤバい」と認識せざるを得ません。

ちなみにですが、2011年に玉光堂グループにインしたバンダレコード、元々所沢駅前商店街にあった本店を2014年に畳み、近くのダイエー内の支店を改装して新たな「本店」としたのですが、そのダイエー所沢店、現在のイオン所沢店が9月末に閉店することが決定し、現在本店の行方が非常に微妙。弱り目に祟り目とはまさにこのこと。

で、この玉光堂のニュースは本日出てきたのですが、実は1週間前もう少し地味なのも出ておりまして。

(株)サンセットコーポレイション 民事再生法の適用を申請

千葉県を中心に展開しているエンターキングを運営している企業です。
こちらも店舗は運営を継続していますが、各店舗の具合を見てみるとなかなか厳しい。2019年1月の春日部店の閉店で埼玉県から完全撤収したのですが、現在営業中の15店舗のうち、15日に松戸市の八柱店閉店、28日には東京の小岩店閉店。また閉店日はまだ公開していないものの「閉店セール」と銘打ってすごい割引率のセールをしているのが3店舗。
ZEAL LINKの時にも言いましたけど、「すごい割引率のセール」っていうのは要するに「長期的な損益などどうでもいい、とりあえず当面の経営を転がせるだけの現金が欲しい」という店舗からのメッセージですので、そういうことだったのですが、こうなっちゃいました。

2019年始まった時に「正直2019年の実店舗はこれまで以上にヤバい」と申し上げましたが、けっこうな感じでヤバくなってきております。でも何かもう少し大きな何かがありそうな気もするんですよ。
何となく多くの人の音楽の聴き方とか、聴かない人の聴かなさとかが分水嶺越えたような感覚が最近あって。
もう、ただ淡々と観察するのみ。開店閉店のブログって、正直なところ「看取る」ことが目的だったりするのですが、運営開始して10年、遂に本当にそういうフェイズに入ってきた感があります。
実際そういうところに突っ込んでくると、けっこうそわそわします。

しかし「サンセットコーポレイション」って、何でそんな縁起よくない商号にしたのか。という突っ込みも今こうなっちゃったからできる。

山野楽器本店がCD販売を縮小すること

遂に来たかという感じですが。銀座の山野楽器本店がCD販売を縮小します。

銀座の名物CD売り場縮小へ

楽器店がCDを扱うというのは、蓄音機を楽器店が商材として扱い始めた際に、ソフトの方も一緒に扱ったことに端を発しますが、というか単体のレコード店の発生以前は、洋楽器店がない地方で時計店が製造元から委託されて兼業していた以外は全部そんな感じで、山野楽器はその中でも相当早くから楽器店・蓄音機及びソフトの販売店として銀座の今の位置で商売をしておりました。
ということで、本日その位置に見に行ってきました。

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今回はCD販売をやめるのではなく、縮小です。
ただ、現在だいたい3フロア、しかも銀座の大通りに面した路面に近い1階2階B1階で展開しているCD/DVD販売を4階の1フロア、しかも一部の楽器もそのフロアに入るため、結果1フロア未満ということになりますので、恐らく「ただ縮小」ではないと思っています。もしかしたら多少の売れ線のJ-POPとかは残るかもしれませんが、在庫としては楽器販売とリンクするようなクラシックや器楽曲を中心にしたセレクトショップ的な構成になるのではないかと。
ヤマハで今もまだCDを販売している店がそんな感じで、楽譜と同じフロアだったりするんですが、それに近いところじゃないかと思っています。

もしそうなった場合、銀座のヤマハはそんな感じのクラシック中心ですし、三原橋のミヤコはとっくに閉店して影も形もないし、GINZA SIXの蔦屋書店は日本刀は扱っててもCDは扱ってないし、日比谷のHMV&BOOKSはCD販売の面積超狭いし、要するに銀座・有楽町・日比谷界隈という日本随一の商業地において総合的な品揃えで新譜CDを売る店が消滅するということになります。
何となれば日本橋や東京駅周辺まで見ても、東京駅地下のタワレコはもうないし、丸の内のHMVは速攻撤収したし、残ってるのは大手町の紀伊國屋書店か日本橋の三越内の山野楽器。狭いけど。で、南の方は汐留のTOWERminiまで。

以前、東京23区の「街のレコード屋」の数をカウントしていましたが、ここ数年確認できてない店を「生きている」として今勘定してみたら残り25店。で、チェーンのCD店の数を入れても50店舗程度で、CDも売っている総合書店や電気量販店を入れても80程度。それでもまだ「多い」のかもしれませんが、23区の人口を80で割ったら約12万人であり、そりゃ地方の店舗もなくなるわ。
というか何となくこの「人口12万人に1軒」という規模感、しっくり来た。しっくりきてしまう世の中。

2019年上半期の10枚のこと

2019年上半期の10枚。
これまではiTunesにCD食わせてその中から選んでいたのが、最近はさすがに洋楽はかなりストリーミングで聴く癖がついてきて、そうなると「あれ、どれ聴いたっけ?」的な感じのも出てきて、メディアの違いでいろいろ面倒臭い事態に。
そして前にも言ったけど全くMVを無料の場所には出さないドレスコーズにはこうなってくるとすごい違和感があるし、何となれば未だにショート・ヴァージョンしか出さないバッパーズも。本当にいいアルバムなのに、それが最初からそのグループに興味がある人以外にほとんど伝わらないんですよ。困ったな。

サカナクション / 834.194

吾妻光良 & The Swinging Boppers / Scheduled by the Budget

ドレスコーズ / ジャズ

Hot Chip / A Bath Full of Ecstasy

Beirut / Gallipoli

Vampire Weekend / Father of the Bride

Weezer / Weezer (Black Album)

tipToe. / daydream

フィロソフィーのダンス / エクセルシオール

nuance / town

ウルトラ・ヴァイヴの1000円名盤シリーズのこと

インディーズ・レーベルのウルトラ・ヴァイヴは、去年も歌謡曲中心のリイシュー盤を税抜き1,000円でリリースしていたのですが、今年は以前に運営していたSOLID RECORDS時代に持っていた音源を1,000円で出してきます。
SOLID RECORDSですから、ラインナップを見るになかなかエグい感じで最高なのですが、ふとそろそろこういうCDのリイシューも収束していくのかなと思ったりして。

既にいくつかのニューアルバムでは、CDはDVD付きの限定パッケージでしか出さず、音源だけ聴ければいいという人間はダウンロードかストリーミングで聴けよ、という流れが日本でも散見されるようになっています。どんどんデータで聴く時代が進み、「CD」という入れ物はメモラビリア的な「豪華盤」でしか用いられなくなっていく。
早々に「廉価盤CDをリリースしてできるだけ多くの人に手に取ってもらおう」という発想は、我々40-50代以上にしか共有されなくなっていく。今回は音源的に完全にターゲットがその層なのでまだビジネスになると思うのですが、ここらへんの音楽にピンと来る層は、少なくとも私の周りではまだ音楽に対してのアンテナの高い方が多く、きちんとストリーミングも使いこなしています。

たまにしか音楽聴かないレベルのお年寄りは昔買ったCDをたまに再生するだけで、これからも音楽を聴き続けようというお年寄りにはお年寄りなりにどんどんストリーミングが普及していく。そうなると恐らく「廉価盤CD」というブツには存在意義がなくなります。特にこういうインディーズ的な音源では。

ただ、今回再発される音源、まだストリーミングに公開されている音源は多くなく。ざっとApple Musicの検索かけたところ、ストリーミングにまで出ているのは、

GARLICBOYS
THE FOOLS
THE POGO
SO NICE
CHIE & THE WOLF BAITS
トーキョーキラー
パパイヤパラノイア
松尾清憲
Mooney & Keni with Lucky Rhythm
Luft
ハレはれナイト
ミク★パンク 80sオン・キャプテン・レコード
ソリッドレコード夢のアルバム

ということで過半数に届いていません。あがた森魚やJET BOYS、ジュンスカのように他のレーベルから出ている音源はストリーミングにあるのに、今回CDで出る音源はまだないというパターンもあって、
ジュンスカなんかはメジャー以降の音源は全部ストリーミングで聴けるのにこのアルバムだけ聴けないという状況。
それって何かおかしくね?と思う程度には、私も現代にアジャストできている。

ただ、先日Pizza Of Deathレーベルがサブスク解禁した時のメッセージの歯切れの悪さもこれきっとそうなんでしょうけど、確かに「インディーズであり続けること」とストリーミングで他の全ての音と同じく並んで聴き放題になるということは、気持ち的に両立しにくいことなのかもしれません。

今後、どんどんストリーミングに音源は解禁されていき、CDはどんどんいらなくなっていくわけですが、今回の1000円シリーズですごく気になっているのが若松孝二監督映画の音楽群。こういう映画音楽はまとまっていることに意味があり、ストリーミングで楽曲単体で聴いてどうという感じでもないような気がして、じゃあこれらのCDは今後ストリーミングに公開されるのか、という気持ちが。
いやでも他の未解禁のアルバムは実際今後どうなんだ、という不安も増大し、もう持ってないヤツ大体全部買っちまえ、という判断をしているのが今の私です。これが恐らく今回のメイン購入層です。

V系ショップZEAL LINKの具合がいよいよよろしくないこと

先日、ヴィジュアル系専門CD店の具合がよろしくないことを書いたのですが、その後になってからいよいよもって具合が悪そうになってきたのがZEAL LINK。
元々は新宿・渋谷・名古屋・大阪に店舗を構えていたものの、2013年に新宿店が結構な一等地から高田馬場の路地裏に移転し、それでも4店舗体制を保っていたのですが、今年に入って4月14日に高田馬場店、5月29日に名古屋店が閉店し、そして今週になって6月30日での渋谷店閉店を発表するという急転直下。既にいくつか7月のインストアイベントが決まっていたにもかかわらず、それをすっ飛ばす形で。
4月5月6月と月刊閉店状態です。

残るは大阪のみということになるのですが、大阪店のTwitter見ていてふとこのセールの告知に気付いて、これをもう少し早く知っていたら今の惨状をもう少し早く予想できたかもしれないと思ったわけです。

このセールは4月下旬から開始され、ゴールデンウィークの終わりと共に終わる予定だったものが今も続いている形ですが、こんな30-70%引きという、ものによっては足が出るレベルの割引率のセールをそんな延々と続けている意味を考えるとおよそお店の気持ちがわかります。
これは「今期の決算での利益」とかそんな先の黒字のことなどどうでもいい、「とにかく今、たった今、少しでも多く現金が欲しいねん」という心の叫びです。その現金がないと自転車操業すらできない、それくらい追い込まれているからこそのセールです。

というか、1週間を切ってからとはいえ、事前に閉店を告知するのはまだ顧客に対する気持ちがあるからです。先日の池袋Brand Xとか、古くは2010年10月に蒸発した札幌のGURUGURUとか、あんな夜逃げ同然に店閉めて音信不通になったりはしないという気概を、ZEAL LINKには感じるのです。
だから、関西のバンギャの皆さんは是非心斎橋に走っていただき、在庫を買い漁っていただければと思います。がっつり現金払いで。もしかしたらまだ間に合うかもしれません。

2012年夏に札幌行った時、GURUGURUの跡地がどうなったか見学に行ったら、こんな感じのまま残されていて、少し笑った後悲しくなったのを覚えています。

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サカナクション「834.194」のこと

サカナクションのニューアルバムは、ものすごい納得感のあるアルバム。ここまでバンドの音楽的な構造をつまびらかにしていいのか、と思うレベルで。
このアルバムは「ユリイカ」と「セプテンバー」のアレンジや置き場所だけ見ても「2枚組アルバム」と言うよりは「2作のアルバムを1パッケージで同時リリース」と言った方がよい塩梅で。サザンの「kamakura」ではなく、ブルーハーツの「Stick Out」と「Dug Out」的な方針。

その2枚の差異については山口氏自身が既に語っているのを読んだのですが、要するに「作為」と「無作為」。1枚目の東京の方が「作為」で2枚目の札幌の方が「無作為」。
それで気が付いたのが、私はサカナクションをインディーズ2枚目の「Night Fishing」で知り、特に「ナイトフィッシングイズグッド」はいたく気に入っていていて、しかしその後メジャーに行ってのアルバム「シンシロ」を聴いて「悪くはないんだけど、何か違う」と思ったのですが、その違和感の理由を今さら。
そうやって本人に語られ、改めて過去作をだーっと聴いてみるとものすごくわかるんですよ、その「作為」の歴史が。メジャー以降特に意識されたそれが。もちろんそういうのだけでなく「シンシロ」なら「雑踏」とか、「DocumentaLy」なら「years」が一番インディーズ時代の「無作為」に近いか。
でもどうしてもアルバムの中では「脇」の位置に置かれて。

そう考えながら改めて前作「Sakanaction」を聴くと、この段階で既にそんな「作為」と「無作為」が意識されていたのではないかと思いまして。事前にCMで使われていたメロディーが「夜の踊り子」の「え?そんなところのメロなの?」と思う位置に置かれていたりとか、「ミュージック」のライブでの演出はあれ「無作為から作為に渡るための装置」と考えると具合がよかったりとか、個人的にはメジャーに行ってからの曲で一番インディーズの空気感に近いというか敢えて寄せてきたと思える「僕と花」が収録されていたりとか。

どちらかが「本質」というわけでなく、どっちもサカナクションなんだけど、明確にそこには差異があり、その双方を徹底的に突き詰めてみたのが今作。

1枚目は、あの狂ったように「盛りまくった」楽曲である「新宝島」が違和感なくアルバムの真ん中に存在できている時点でもうどっかおかしいし、「ミュージックステーション」出演の際ですら徹底的に「作為」をぶち込んできた「忘れられないの」は、これ圧倒的にフェイクであることが強調されているのに、それが故に「大人に褒められたい」みたいなノリでそういう音楽に近寄っている若いバンドを自壊に導くような恐ろしい出来。全編笑えるレベルでめくるめくキャッチー。

2枚目はこれも山口氏が語っていたように「作為」を覚えてしまったが故に、アプローチはインディーズ期とは全く逆ですが「無作為」を敢えて意識した音。
確かにもうインディーズの頃とは全く違うし、意識してこれということはもう「ワード」とか「マレーシア32」のようなバランスの音は無理なのかなとも思うのですが、「ワンダーランド」の最後のノイズの嵐が途切れて「さよならはエモーション」のイントロがすっと入ってくる時の感覚は、メジャー以降の彼らには感じてなかったものだし。
実際、このアルバムの中で一番好きだと思った曲は「さよならはエモーション」でした。

筆は遅いしリリース延期もするけど、それでもやっぱりこのバンドの己の音楽に対しての真摯さと、それでも洒落を忘れないゆとりと。つくづくいいバンドだと思います。
とりあえずアルバムリリース後最大のエポックは、音ハメ動画の第一人者もりもり氏の動画に山口氏の公認が付いたこと。

謹慎になった人たちの音源のこと

あんまり体調良くないので、さっきまで寝ていてまた寝るんですが、とりあえずApple Musicだけ確認しておきました。

くず
紫SHIKIBU
ザ!!トラベラーズplus
ロンドンブーツ1号2号
田村亮
Re:Japan
ビッグポルノ
ムーディ勝山
2700

とりあえず今のところは全部聴けます。瀧の時にソニーがスピーディーに対応したところ、まさかのそっちの方からの反対が多かったことを受け、一旦はよしもとミュージック様子見といったところでしょうか。心証はめちゃくちゃ悪いですが、一応相手は指定暴力団ではないので刑法にかかるものではないですし。
ロンブーの「岬」は常に聴けるようにしておいてほしい。「ムーディ勝山はどうでもいいな」とか一瞬は思ったんですけど、駄目だ。そういう小さい積み重ねで道は少しずつ悪い方に行ってしまうから。

レイザーラモンHGも「Y.M.C.A.」というか「YOUNG MAN」のカバーをCDで出しているんですけど、これはApple Music乗ってない。印税と使用料のバランス等の権利的なものか、HGキャラでこの曲をガチで歌っているのが後世に残ることで、その後にカバーしたGENERATIONSとかに影響が及びかねないからか。

あゆみくりかまきも災難被るのかなあ難儀だなあ、と少しだけ思ったのですが、「ゴマスリッパー」の歌詞はくまだまさしじゃなくてたむらけんじでした。